第11回 対談|清水 浩 氏

TOP第11回 対談|清水 浩 氏
2024.06.04.

清水 浩 電動モビリティシステム専門職大学 | 学長     慶応義塾大学 | 名誉教授 工学博士
荒木 泰晴 株式会社 エンベックスエデュケーション | 代表取締役

 

近年注目が集まるクリーンエネルギー自動車。その代表格である電気自動車の開発に長年関わられてきた、慶応大学名誉教授であり、2023年に開学した電動モビリティシステム専門職大学の学長である清水浩教授にモビリティ業界における電気自動車の課題や人材育成についてのお話を伺います。清水教授には、弊社と共同で開発させていただいている「電気自動車のすべて」というe-learning講座についてもお話をいただきます。

 


電気自動車においては、今まさに“キャズムの状態”なのではないか


 

荒木: まずは、先生が電気自動車に関わってこられた経緯を簡単にご紹介いただけますでしょうか。

清水: はい。私は、大学院を卒業した後、環境省の国立環境研究所に入りまして、その後慶応大学で電気自動車の開発に40年以上関わってまいりました。この間、当時としては世界最速の電気自動車エリーカをはじめとして15台の先進的な電気自動車の開発に関わっております。現在は、電動モビリティ専門職大学の学長として、教育、研究を行っております。

 

 

荒木: ありがとうございます。それでは早速ですが、現在電気自動車が置かれている状況について先生のお考えを伺っていきたいと思います。 近年、ヨーロッパや中国を中心に電気自動車の導入が加速されていくように思えていたのですが、2024年にはいってメルセデス・ベンツが、プラグインハイブリッド(PHEV)の販売を2030年以降も継続するとの報道があったように、とても失速しているように感じています。その点についてはいかがでしょうか。

清水: 今、電気自動車の普及が踊り場に来ているということは、皆さんが心配を始めているところかと思います。確かに今年になって電気自動車は売れてない、売れ行きの伸びが止まったということが見受けられます。 その理由の一つは電気自動車が非常に高級路線で走ってきたということです。その高級路線の購買層である、お金持ちに行き渡ってしまったというのが現状で、それで我々のような大衆が買いたいと思う電気自動車が、まだ売り出されていないということが理由だと理解しております。 イノベーター理論という、新たな製品(商品・サービス)などの市場における普及状況を示すマーケティング理論があります。

イノベーター理論では、新たな製品の普及の過程を採用するタイミングが早い消費者から順番に5つのタイプ(イノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティ、レイトマジョリティ、ラガード)に分類しています。 ここで分類された、初期市場(イノベーター・アーリーアダプター)とメインストリーム市場(アーリーマジョリティ・レイトマジョリティ)の間にはキャズムと呼ばれる大きな溝が存在します。このキャズムを乗り超えられない限り、新しい商品はメインストリーム市場で普及することなく、小規模な初期市場の中でやがて消えていく運命を辿るとするキャズム理論があります。

電気自動車においては、今まさに“キャズムの状態”なのではないかと思っています。

 


製品を見て「買いたいな」と思えば、買ってくださる


 

荒木: よく解りました。それでは、この“キャズムの状態”を解決するためには、どのようにすればよいでしょうか?

清水: まずは売れる車、つまりお客様が「買いたいな」と思う車が製品化されることが必要だと思っています。やはり、お客様は製品ありきで、製品を見て「買いたいな」と思えば、買ってくださるということです。 殆どの方が携帯電話を買われていますけれども、単純に買いたいから買ったわけで、あの何か補助金が出るからとかですね、そういうことで買ったわけではなかったと思います。 それからテレビも、ブラウン管テレビから液晶テレビに、あっという間に変わってしまいました。液晶テレビを買わなければテレビが見られなかったことはもちろんありますが、それ以前に、テレビが見たい、きれいな画像が見たいという欲求もあった訳です。

そういう意味で、お客様が「これなら買いたい」と思う乗り物を作るということが先決だと私は思っています。

 

荒木: 確かにそうですよね。ですが電気自動車の普及を妨げている要因の一つとしては、充電ステーションなのどのインフラの整備が追い付いていないということや、電気自動車に使われている電池容量や効率への不安などもあると思います。その辺りはいかがでしょうか?

清水: まずインフラに関してですが、良い電気自動車ができ需要が増えれば、必然的にインフラなども整備されていきます。世界的に新しい技術が発展していく時のプロセスは、良い製品が出てきて、そしてインフラが後でついてくるというのが常なのですね。ですから良い電気自動車ができて、需要が増えれば必然的にインフラは整備されます。

例えば、携帯電話のことを思い出していただくと1995年ぐらいから携帯電話の普及が始まった時は東京近郊でしか使えませんでした。ところが、どんどん携帯電話が売れたということで、NTTとかKDDIが非常に大きな投資をして猛烈な勢いで中継ステーションを作り、短期間に解消されたという事例があります。 電池の充電については、今時の電気自動車は温度コントロールがされていて電池やモータが最適温度で動作するような構造になりつつあります。 その上、最近は自動充電の技術というのがかなり発展してきていまして、車を定まったところに止めれば自動的に充電できるようになります。家庭ではもちろんですけども、コンビニの駐車場や高速道路サービスエリアの駐車場などにも設置されるようになるはずです。 このような充電方法等も含め、魅力的な電気自動車の仕組みが今後の普及の推進に関わってくると思います。

 


これまでに15台電気自動車の開発をしてきましたが全部、車の格好をしている


 

荒木: 今、お聞きしただけでも先生がお考えになる「良い車」という定義が、私が持っていたものとは違うなと感じました。

清水: 私もこれまでに15台電気自動車の開発をしてきましたが全部、車の格好をしているのです。 原理が新しくなったのであれば、形も変わらなくちゃいけないというのが、電気自動車を始めた頃からの考えだったのですが、デザイナーに電気自動車の絵を描いてくださいと言うと、必ず車の絵になってしまうのです。これは、私もデザイナーも電気自動車の理想的な形はどういうものかを、まだつかみきれていないということであり、今までの車とは似ても似つかないデザインの乗り物が、これから電気自動車として出てくるだろうとは思っています。

荒木: 今のお話はとても興味深くて、消費者の認知不足が市場普及を妨げているというお話と、供給する自動車メーカー側が、もっと未来思考で車を作っていくことが大事であるということですね。 先生が考える課題を解決していくことで、電気自動車がより持続可能で普及しやすい形に進化していくことを、私も期待してしまいます。

清水: 私が電気自動車を始めた当時、電池の容量が少ないのは仕方がないということでした。だったら使うエネルギーを減らすということをとことんやればいいんだということで、たどり着いた一つの解がインホイールモーターだったのです。 今は、車体の作り方、コントロールの仕方、それからタイヤの作り方、空力特性をいかに良くするかということをもう一度考え直すことが大事な時期なのだと思います。 多くの専門家がリチウムイオン電池の性能向上は年に1%程度だと言っています。 ですから、そちらの性能向上にはもう期待ができないと考えを切り替えて、いかに良い車を作るかということの方が大事になってきます。 それから全固体電池というものが話題になっています。これができると、素晴らしいことが起こると思われているようですが、実は全固体電池はリチウムイオン電池の一種であり、電化液が話題になっているというだけで、原理的にも難しいこともあり、話題先行だということも講座の中では取り上げています。

 


電気自動車のすべて


 

荒木: ここで、講座という話が出てきましたが、今回先生が作ってくださった講座「電気自動車のすべて」について、簡単にご紹介いただけますでしょうか?

清水: はい。「電気自動車のすべて」は、長年、電気自動車の研究開発に携わってきた私から、是非多くの方に知って欲しい電気自動車のことをまとめたものです。今までガソリンエンジンで動いていた車がモーターで動く電気自動車変わることは、モビリティ業界を大きく変える可能性があります。新しい技術を学んでいかないと取り残されてしまう企業も出てくるでしょう。そういったリスキリングを必要とする企業や、これからモビリティ業界に関わろうとしている人々に、電気自動車の歴史、仕組み、展望など、伝えたいことを盛り込みました。構成は全15回で、各回それぞれのテーマを2時間ほどの動画にまとめたe-leaning講座となっています。

 

荒木: なるほど、この講座は、すでに仕事で電気自動車に関わっている方たちだけではなく、これから関わっていく方々にも受けていただきたい講座なのですね。

清水: はい。講座の対象者は全方位を目指していて、文系理系、職種についても、経営者から企画や計画を作る人、設計者、製造する人・・、その他にも車を売るというビジネスや、車を使ったサービスなど、車に少しでも関係している全ての人に受けていただきたいというのが、この講座の目標です。

荒木: わかりました。私たちも17年間、社会人向け教育をやっている会社ですので、車に関わるより多くの人にこの講座を受講していただけるよう研修運用面でのサポートをしっかりさせていただきます。 本講座では各章ごとにテストを準備しています。会社の管理職の方が受講者の習熟状況を確認できるようになっており、研修効果も高いものになっています。

清水: おっしゃる通り、いくら良い講座であったとしても、それが多くの人の耳に届かなければ意味がありません。今回エンベックスエデュケーションとご一緒できたということは、私共にとっても大変ラッキーなことだったと思います。

荒木: ありがとうございます。 それでは、今日のお話については以上とさせていただきます。 清水先生の電動モビリティ専門職大学でのますますのご活躍を期待するとともに、今後の講座展開も期待しております。 本日は、ありがとうございました。

 

電動モビリティシステム専門職大学 学長
慶応義塾大学名誉教授 工学博士
清水 浩(しみず ひろし)

1987年国立環境研究所地域環境研究グループ総合研究官。
1997年慶應義塾大学環境情報学部教授に就任。
1980年から電気自動車の開発を始め、以後43年間で15台の試作車開発に携わる。
2009年からは電気バスの開発も手掛ける。
2023年に開学した電動モビリティシステム専門職大学学長に就任。
将来を担う若い世代を育成するとともに、来るべきモビリティ社会に向けて、一般向けにも40年以上の実績とノウハウを惜しみなく提供していく。

著書に「脱『ひとり勝ち』文明論」(ミシマ社)、「こうして生まれた高性能電気自動車ルシオール」(日刊工業新聞社)等。

 


 

e-learning講座
電気自動車のすべて

開発者であり教育者でもある清水教授による
電気自動車に関する基礎知識全般を修得する全15回の講座
特設サイト: https://lp01.bev-learning.com/

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